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小学3年生からサッカーを始める。桜島中学校を卒業後高校サッカーの名門鹿児島実業高校へ進学。全国高校サッカー選手権大会
には3年連続で出場。1 年時の第74回大会では優勝。また2年時には第7回高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会で優勝。
3年時では国体選抜U-18日本代表にも選出され活躍の場を全国へと広げた。高校卒業後、横浜フリューゲルスに入団。
シーズン開幕戦の先発メンバーに名を連ねる。同時に日本ユース代表として第31回アジアユース選手権大会、1999FIFAワールド
ユース選手権ナイジェリア大会で準優勝獲得の原動力として活躍。この大会では小野伸二(フェイエノールト/オランダ)・高原直泰
(ハンブルガーSV/ドイツ)とともにレギュラーとして出場。準優勝獲得に大きく貢献し、日本サッカー史に新たな歴史を刻んだ。また
1999年には、この大会を最後にチームが合併するという苦境を乗り越えながらも第79回天皇杯優勝を獲得する。しかし、これを機に
京都パープルサンガに移籍し2シーズンを過ごす。2000年シーズン終了後はJ2への降格とともにガンバ大阪へ移籍。移籍後も視野の
広さ、両足からの的確なパス、ミドルレンジからのシュートを武器にボランチとして活躍。この活躍が認められ2002年11月のアルゼンチン
戦で日本代表国際Aマッチデビュー。2004年にはアジアカップ中国大会優勝も獲得。ガンバで5年目のシーズンを迎える2005年シーズンは、
悲願のリーグ優勝を果たす。2003〜2009とJリーグベストイレブンにも7年連続で選出された。チームの攻守に欠かせないプレーメーカー。 今年もチームの中心として、且つ日本代表としても更なる活躍が期待される。
出場データ
| シーズン | 所属チーム |  | リーグ戦 | カップ戦 | 天皇杯 | チームタイトル |
| 1998 | 横浜
フリューゲルス | J | 16(1) | 4(0) | 0(0) | 天皇杯優勝 |
| 1999 | 京都
パープルサンガ | J1 | 24(4) | 2(0) | 2(0) | |
| 2000 | 京都
パープルサンガ | J1 | 29(5) | 6(1) | 1(0) | |
| 2001 | ガンバ大阪 | J1 | 29(4) | 4(0) | 3(1) | |
| 2002 | ガンバ大阪 | J1 | 30(5) | 8(1) | 1(0) | |
| 2003 | ガンバ大阪 | J1 | 30(4) | 6(0) | 2(0) | |
| 2004 | ガンバ大阪 | J1 | 29(9) | 0(0) | 3(0) | |
| 2005 | ガンバ大阪 | J1 | 33(10) | 4(0) | 2(0) | リーグ優勝 |
| 2006 | ガンバ大阪 | J1 | 25(9) | 0(0) | 4(1) | |
| 2007 | ガンバ大阪 | J1 | 34(8) | 8(1) | 4(0) | ナビスコカップ
優勝 |
| 2008 | ガンバ大阪 | J1 | 27(6) | 1(0) | 3(0) | ACL・天皇杯優勝 |
| 2009 | ガンバ大阪 | J1 | 32(10) | 2(0) | 4(3) | 天皇杯優勝 |
| 通算 |  | | | | | |
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| 主な代表歴 | U-18代表、U-19代表、U-22、U-23代表
国際Aマッチ 83試合出場 7得点(2009/02現在) |
| 個人タイトル | ベストイレブン03,04,05,06,07,08,09(7年連続選出) |
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